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COMMENT京都公演の感想コメント

嘉ノ海 幹彦(元ロック・マガジン編集/FMDJ)

「模倣(ミメーシス)としての「夏八景」によせて」

電波信号を介したラジオ放送は1900年カナダで音声の送受信をもって始まるといわれている。1920年アメリカにおいて公共放送が開始されるが、のちに電子音楽やテープ音楽の中心地となるアメリカだったというのは偶然ではない。ヨーロッパでは19世紀末西洋音楽が行き詰まりをみせ、響きを中心とした具体音に活路を見出そうとしていた中で、古代ギリシャの純正律の構造に気付いたアメリカの作曲家は独自の音響実験を始めていた。楽器そのものを創作したり、テープ装置を楽器として使ったり、電子装置から響きを取り出したり、新興開拓地であるアメリカにはそのような実験音楽が生まる土壌があったのである。

このような状況の中でNHKがラジオ放送を開始するのがほぼ同時期の1925年である。しかも送受信された第一声はカナダやアメリカと同じように「人の声」であったという。目に見えない知覚しえない場所から届く、又は届けられる人の声。しかし断じて本物の「人の声」ではない。電気を使い電波信号に変換されるからである。この知覚の問題はマーシャル・マクルーハン(1911-80)の「身体の拡張性」としてのメディアの役割を孕みながらAR(拡張現実)VR(仮想現実)へと現代に繋がっている。

発生する音を知覚するということは、空気振動を通して耳毛細胞という聴音感覚器官に届き化学反応を起こし、それに呼応した脳が信号を受取り聴覚細胞が反応する身体現象である。その状況に応じ内臓も含め多方面に神経伝達物質が放出されるのである。人類が誕生以来、身体は外部からの音に対して微細な気付きや予感を含め警戒・防衛反応と連動する。常に音は身体の外部や内部に関わらず音連れ続けているのである。

NHKは放送開始5年後の1930年にラジオ電波を通して自然の中に存在する生活音(当時の彼らはそれを風景=ランドスケープと呼んだ)を機材=道具を使って、それらの音を模倣し放送したのである。「夏八景」の放送とは第一景の「ビルディングの午後」から第八景の「水の上」までの様々な夏の風景を想起させる音を受信機の前のリスナーが聴きイメージする放送だったのである。そして川崎さんの解説通り、
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金崎亮太(電子音響音楽家)

約100年前、「純粋ラジオ芸術」という言葉のもとに、音によって景色を立ち上げようと試みた実験的な先駆者たちがいました。
彼らが生み出した音の作品群は“芸術”と呼ばれながらも、当の本人たちは自らを芸術家と意識していたわけではなかったかもしれません。 ましてや録音技術がまだ未成熟だった時代、その試みが後世において語られるとは、夢にも思っていなかったでしょう。

「夏八景」は幸運にも川崎弘二氏によって再び光を当てられ、檜垣智也氏と清水慶彦氏の手を通して「再創造」されました。
作曲家の二人は、当時と同じく梗概を手がかりに、それぞれの手法を駆使しながら音を丁寧に紡ぎ合わせていき、立体音響システムを用いて初演の時を迎えた。
時間も場所も越えて、その場には再創造された音の景色が明らかに、そして美しく立ち顕れていたのです。

音の景色をそのまま再現することはもはや不可能ですが、音の景色を探究しようとするその姿勢は、100年前の先駆者たちと変わらぬ姿であったはずです。

おそらく「夏八景」のような「純粋ラジオ芸術」の試みは無数に存在し、私たちがもはや耳にすることのできない音の景色や芸術が、文字通り音を立てずに静かに眠っているのでしょう。
「再創造」された音の景色——「夏八景」と出会えたことは、私にとってひとつの幸運であったといえます。
そして今度は、あなた自身の耳で、その音の風景にそっと触れてみてください。

NHKの電子音楽のルーツ昭和5年放送の「夏八景」を立体音響により再創造する

2025年は日本でNHKがラジオ放送を開始してから100年を迎える年です。

NHKでは放送開始直後からラジオドラマを始めとする聴覚のための純粋な芸術への挑戦が行われており、昭和5年(1930年)には擬音(効果音)を主役とした作品「夏八景」が放送されるに至ります。

これは映画「ベルリン─大都会交響楽─」などの作品で知られるヴァルター・ルットマン監督が、映画のサウンドトラックを使用して制作した電子音楽の始祖「ウィークエンド」を発表したわずか2ヶ月後で、本格的な国産トーキー映画「マダムと女房」が公開される前年のことです。

すなわち「夏八景」は映画の効果音などの先例のない状況で、独自のアイディアを結集させることにより、現実音を模した擬音を駆使して制作されたわけです。それは電子音楽やフィールド・レコーディングの先祖のような存在と言えるかもしれません。

昭和5年のNHKには実用に足る録音機は存在せず、生放送で行われた「夏八景」はもちろん現存していません。

そこで「夏八景」の梗概をもとにして、ミュジック・コンクレートやフィールド・レコーディングの分野でも活躍する2人の作曲家が、現代的な視点から「夏八景」の再創造を試みることになりました。

複数のスピーカーを駆使して空間的な立体音響を実現する2025年版の「夏八景」の上演は、放送局を舞台に音響の世界を追究した100年に及ぶメディア・パフォーマンスの歴史を再確認するまたとない機会となることでしょう。

立体音響上演システム
立体音響上演システム

EVENT開催概要

イベント名
書籍「NHKの電子音楽」発売記念
NHKの電子音楽のルーツ、昭和5年放送の「夏八景」を立体音響により再創造する
日時
2025年10月12日(日)
昼公演14:00〜15:30(開場13:30)/夜公演 17:00〜18:30(開場16:30)
会場
MEDIA SHOP メディアショップ
京都市中京区大黒町44 VOXビル1F/075–255–0783
→ Google map
出演
檜垣智也(作曲家/東海大学准教授)
清水慶彦(作曲家/大分大学准教授)
川崎弘二(電子音楽研究)
料金
一般1,500円(各回)/学生1,000円(各回)
予約優先 各回定員20名
メールにてご予約お願いいたします→ kojiks0317@gmail.com
協力
(株)フィルムアート社

composers / producer作曲 / プロデュース

出演者画像
出演者(左から):檜垣智也/清水慶彦/川崎弘二

プロフィール

檜垣 智也 作曲家、アクースモニスト。アクースマティックの可能性を追求。世界中のアクースモニウムで演奏し、リサイタル活動は高く評価されている。第5回国際リュック・フェラーリ・コンクール最高賞(2003)、第18回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品(2014)、大阪文化祭奨励賞(2022)など受賞、入選多数。ソロアルバムは「豊饒の海」(Motus)「入院患者たち」(engine books)など。愛知県立芸術大学大学院修了。博士(芸術工学、九州大学)。東海大学准教授、大阪芸術大学大学院客員教授。
清水 慶彦 作曲家/怪談作家。近年はフィールド・レコーディングやサウンドスケープ・コンポジションに注力しつつ、奇談怪談の収集著述に勤しむ。作曲家として作品集CD『六相円融』(studio N.A.T)が『レコード芸術』誌推薦盤に選定、作品はニューヨークでの音楽祭「ミュージック・フロム・ジャパン2018」等でも上演されている。怪談作家(筆名:丸太町小川)として単著怪談集『大分怪談』(竹書房怪談文庫)、『実話拾遺うつせみ怪談』(竹書房怪談文庫)など。京都市立芸術大学卒、同大学院修了、博士(音楽)。大分大学教育学部准教授。
川崎 弘二 1970年大阪生まれ。2006年に「日本の電子音楽」、2009年に同書の増補改訂版(愛育社)、2011年に「黛敏郎の電子音楽」、2012年に「篠原眞の電子音楽」(以上 engine books)を上梓。2014年にNHK Eテレ「スコラ 坂本龍一 音楽の学校 電子音楽編」に小沼純一/三輪眞弘と出演。2018年に「武満徹の電子音楽」(アルテスパブリッシング)、2023年に松井茂との共著「坂本龍一のメディア・パフォーマンス」(フィルムアート社)を上梓し、2022~23年に雑誌「AGI」において「メルツバウ・ヒストリーインタビュー」を連載。https://kojiks.sakura.ne.jp/index.html

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